浮いて沈んで彷徨って

躁鬱病になって11年目なので過去を振り返ってなんとか今をやり過ごそうとしているところ。

お母さんの話

昨日父親のことを書いたけど、そういえば文章にしてこうして誰かが見れる形で家族のことを書くことって今まであんまりなかったなと気付いた。

笑い話みたいに書くことはあっても真面目にどう思ってるとかそういうことはあんまり言う機会もないし。

 

でも、機会がないからって言わないときっと本人に言う前に本人はいなくなってしまう。すぐに両親や妹が死ぬとは思わないけど死なないとは限らない。明日生きてるかどうかも分からないし、私が生きてるかも分からないし。

 

なのでせめて今はここに書き残しておきたい。

別に悲観的になってもう死にたいとか思ってるわけじゃないです。でも昨日のこと引きずってて今日もそんなに元気でもない。普通よりちょっと下ぐらい。でも躁鬱病としては「普通よりちょっと下」ぐらいがちょうどいいんだろう

 

父親については昨日書いた記事を参照。

でもそこまで深く触れてないのでまたそのうちちゃんと書きたいな

saya490.hatenablog.jp

 

今日は母親のことを。

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お母さんの後姿。

冬場になるともふもふしてる素材が好きですぐにそういうの持ってたり身に着けてる。

私からするともう、尊敬とか敬意とかそのぐらいのレベルですごく頑張ってるし、頑張れる人。無理してないかなぁと心配にもなるけど「自分は頑張ってる」という事実で強くなれるタイプなのかな、と。本当はどうかわかんないけど。

なので私が母親のことで一番に浮かぶ印象は、努力家

 

見た目が若い。私が娘っていうと驚かれるぐらい見た目が若い。

新しい物が好き、結構ミーハー。iPadAndroidを駆使してツイッターもインスタグラムもブログもやってる。どこから仕入れてくるのかと思うような情報も知ってるから情弱という言葉とは今のところ無縁。

ちなみに父親はスマホでもLINEすら入れてないほどに色々と疎い

 

一番イラっとすることも多いし腹立つことも多い、そして母親の言動で自分が具合が悪くなることもある。つまり、私が一番影響を受けやすい人ということ。

喧嘩することもあるけど母親とも仲は良い。妹も同じように母親と仲は良い。

でも昔から妹より私のほうが母親のことを慕ってるかな、と思う。

 

祖母の介護をしながら、娘(私)は闘病中で今年は特に具合が悪くて散々心配かけて迷惑もかけているけど、それでも今日も仕事行ってて、昨日と一昨日は大好きな東方神起のライヴに行っていた。母の原動力は東方神起なので、この2日間すごく楽しかったみたいで良かったなぁと思ってる。

ちなみに来月は私にもやっとチケットがまわってきたので一緒に行く。笑

 

なんだかんだで私が一番頼りにしているのが、母。

昨日は父親と話をしたけど、普段そういう話は母親にする。両親にすることがあっても主に母親に話して、受け答えも母がする。父はそういう時は聞いてるだけ(悪い意味ではなく)

 

母親は本当に大変だと思う。

日々祖母の介護の時間は増えていくし、それでいて家事も自分でこなして、私の面倒も色々と見てくれている。地球上で私のことを一番気にかけてるのも多分、母親。

それでも明るい。前向き。くじけない。強い。本当に強い。

そして強くなれるように日々努力している

だから努力家

好きなことや楽しみなことにも全力なので、本当にそんなに頑張りすぎて息切れする日が来ないかと心配だけど、私がこんな状態なのであまり母親の手伝いはできていない。

それが今私が一番気掛かり。

祖母のことまで書くとややこしくなるので省略するけど、正直私は今の祖母にはあまり会いたくないので本当に母親に任せっきり。

別に祖母のことが嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。だから日々変わっていく祖母を見るのが結構つらい。自分のことで精一杯な私はそれを見てきっとショックを受けるんだろうなと思うし、今までそんなこともあった。

おばあちゃんのこと私もできるだけ頑張って支えるから、なんて去年や一昨年は言ってたけど今年は全然できてないなぁ。

ごめんね、お母さん。

 

私が精神科に通うようになってから11年、母親はどんな気持ちで私を見てきたのかと考えると胸が痛い。めちゃくちゃな生活してた時期も長かったし、自殺未遂も何度もしてるしそのたびに母親は泣いていた。私がしんどい、生きづらいというと一緒になって泣いてくれる。

 

今はもう、私が具合悪い時や話をしても「大変だね」とか「しんどいよね」とかはあまり言わない。それは私にしか分からないしんどさだから、と言う。だからお母さんは分かってあげれないけど、と言う。

この言葉の重みを私は今まで何度も感じてきた。

 

どれだけありがたい言葉か、私と似たような境遇の人なら分かるのでは、と思う。

分かってほしいわけじゃない、分かるはずないから。でもできることなら理解してほしいなと思う気持ちもやっぱりある。

昔は大変だから、しんどいと思うから、お母さんもできるだけ理解できるように頑張るから、とかよく言っていたけど最近はそういうことは聞かない。

わからないことはわからないとはっきり言ってくれる

これがどれだけ嬉しくてありがたいことか。私が他人から本当に聞きたい言葉はまさに母親のそういった言葉そのものだった。この10年以上色々あったけど母親は本当に努力して私のことを理解しようとしてくれて、それで今に至るんだろうなと。

https://www.instagram.com/p/Bbh07DdHidG/

祖母の介護のこと、私の病気のことできっと予想していたような年相応の過ごし方はできていないはず。

妹は社会人になってもう4年以上経ってるのかな?同じ家に住んではいるけど金銭面では自立しているし、大学を卒業した時点で「想定通り」なんだと思う。私も妹のようにそうなると思ってたはずだし、金銭的な面でももっと余裕があると想定していたと思う。

言ってしまえば無職だけど引きこもりではないので着飾りたいとか化粧品だとかそれなりに見た目にお金もかかる子供がずっといる状態のままなわけで、そこが本当に申し訳ないなと思うけど、母親は私に「綺麗に化粧して可愛い服着なさい」と言ってくれる。

妹のように自分のお金でやりくりできてておかしくない年齢、いや、私のように親に金銭的に頼っているほうが割合的には少ないと思う。

 

そんな私に、せめて見た目だけでも好きなようにすればいいと言ってくれる。

これもどれだけ嬉しいことか。

元々、高校生の頃からファッション関連もコスメも好きだった。病気をする前とそこは変わらず、美容院にもちゃんと行って綺麗にしておいで、と言ってくれる。そのお金は私が出しているわけではない。両親が働いたお金だ。

 

上辺だけ、見た目だけでも年相応に、他の人と同じようにしたいと思っている私のこと(ここはちょっと問題があるなと自分でも分かっている)を分かってくれているし、母親自身もネイルサロン行ってたりオシャレ好きなので自分がやりたいことと同じように私にもさせてくれる。これは子供の頃からほとんど変わっていないけど、それで気持ちが晴れやかになることも多い。

 

本当、この年齢になってもまだまだ手のかかる子供で申し訳なくなる。

 

なんでも自分でやりたがる、家事も仕事も介護も全部自分でやりたがってそれでしんどい、疲れたとぼやくのならどれかサボればいいのにと思うことも少なくない。

でも、そうやって頑張ることで本当に頑張れて自分を確立してるのかなと思うと、私がなりたくてもなれなかった人物像に限りなく近い。

私は母のように、粘り強く頑張って根性見せて努力してなんとかしたかったんだろうなぁということに、昨日父親のことをこのブログに書いた後に気が付いた。

 

好きなことに全力なところも私は好きだ。

素直に好きなものは好きだと突っ走る姿は見ていて気持ちいい。

もっと自由に、もっと好きなように東方神起とか他にもライヴ色々行って欲しいけど、祖母のことがあるのでそれはできなくて、私はとりあえず、今この具合悪い状態から抜け出せたら祖母の介護を手伝おうと思っている。少し休んで欲しい。

ゆっくりする時間を母親にあげたい。映画見に行ったり、本読んだりする時間を。ライヴ見に遠征してた頃のようにまたなれるようになって欲しいなぁと心から思っている。

 

だから、私は生きなければならない。

私が死にたいわけではないのはこの辺りの理由もあるのかもしれない。自分がもう少し回復して安定してきたら手伝えることがあると思うから、義務感でもいいからそういうものがあるから、だから昔のようにもう死んでしまいたいとは思わなくなった。

 

本当にこれは自分でも不思議に思ってるけど、今年こんなに具合悪いけど死にたいわけじゃない。死にたいとは思わない。

衝動的になって死のうとするのではと危機感を覚えるほどに、私は死にたくない。

ここが決定的に昔と違うところだと思う。だから、大丈夫だ。きっと。

 

母親に対しては、本当に何も気にせず東方神起のツアー行っておいで!っていつか言いたい。自分が昔、高校生の頃にライヴ見たくて遠征するのに許してくれた時のように言いたい。

 

時間はかかると思うけど、おかーさんみたいに努力できる人間になりたい。