浮いて沈んで彷徨って

躁鬱病になって11年目なので過去を振り返ってなんとか今をやり過ごそうとしているところ。

息苦しい

そして生きづらい、と再確認。

 

sukekiyoが好きすぎてやっぱり本家のバンドのほうも、ということで買った。

https://www.instagram.com/p/BdMhMSQAGcq/

DIR EN GREYの大文字表記になってから初めて買った。そんでディルのCD買うのは朔ぶりだったので高校生以来。

今日は一日コレ聞いて過ごしてました。

 

メールの返信業務だけでもやりたいのでなんとかやってるけど、1日に最高でも1通が限界。それ以上やるともう文字が文字と認識できなくなってしまうのと、あと本当に最高にしんどくなる。

自分の具合が悪いこととか、そういう今の状況を説明する文章を打つことになるからなのかもしれないけど、どうも息苦しくなってきて昨日もそれでぐったりしてしまったし、今日は朝起きた時からどうも調子が良くなくて友達と会う約束は断念。

やっぱりひとりで出かけることに抵抗があるのか、家から出ることに抵抗があるのか。

 

そもそも外出することがなんでこんなにハードル高いのか自分でもよく分かってない。私自身は出かけたいと思ってるし友達にも会いたいし買った服まだ着てないやつのほうが多いから着て出かけたいし、新しく買った化粧品早く使いたいと思ってる。気持ちは外に遊びに行きたいなぁと思ってるけど体がついてこない状態。

昔具合悪かった頃は外に出ることはそこまで気にならなかったけど今回はどうも外出するということが一番のネックになってそう。

そもそも昔一番ぐらい具合悪かった時に普通に外出できてたことのほうがおかしいのかもしれないけど。

 

多分こういう状態だからsukekiyoもディルもいいなと思って聞いてるんだと思う。

こうなってなかったらあんまりピンとこなかったかもなぁと思うと知ってるバンドでもその時自分がどんな状況かによって感じ方、受け取り方は変わるんだなぁと。

sukekiyoとディルはあんまり抵抗なく聞けるけどギルガメが聞けない。

だめ、ギルガメが本当に聞けない。色々思い出してしんどくなってしまう。好きなんだけどなぁ。聞きたくなるのに一番しんどい時期に無理して行ってたのがギルガメだからこんな風に思うのかな。ほんと酸素が薄い?と思うぐらい息苦しくなる。

 

で、実際今も息苦しい。

今日は母親と妹が東方神起のライヴに行ってて、家では私と父親だけなので久々に父親に真面目な話をした。今年具合が悪いこととか、それについて自分が思ってることとか色々と。

母親の話は割とする機会があるけど、父親のことを話する機会はあんまりないのでちょうどいい機会だから書いておく。

 

私も妹も、父親とは仲が良い。

特に私は父親と同じ喫煙者だとか、お酒も飲むし休みが会えば妹と二人でおとーさんどっか連れてってー!あそびにいこー!と今でも言うぐらい。なので仲は良い。

 

私が病気をするまで、父親はあんまり私や妹に感心がなかった。全くないわけではないし、気にかけてないわけではなくて、あくまでも一定の距離から深入りはしないというか。まあ、確かに母親のほうが同じ女で、家族4人の中男ひとりで肩身が狭いのもあったと思うけど、私が病気をしてから父親は私にも妹にも怒らなくなった。

そして母親と一番違うなと思うのは、父親は私と妹どちらにも同じように接する。

母親はどうしても私のことが気になって私を優先しがちだったのは、もう仕方ないだろうなと思うし、妹はその頃高校生だったけれど後から聞いたら「むしろそれで割と自由に過ごせてたと思うから別に気にしてない」と言っていた。

 

ただ、父親は私にも妹にも同じ態度。同じ接し方。

私に一切怒ることがなくなったと同時に妹にも一切怒らなくなった。

そんでもって見た目からは想像もできないけどすぐに泣く。今も父親に自分の今の状況が情けないだとか、頑張ってるつもりでも頑張れてないだとか言うと父親はそれでええんや、と言いながら泣き出して、最終的に私が慰めるっていう、まぁこれも今まで何回もあった。そういう父親の対応もとてもありがたい。

 

本当にさっき言われた言葉で、あぁ、お父さんいいこと言うなと思った。

それですごく気持ちが軽くなった。朝起きた時から感じてた息苦しさとか生きづらさとか、そういうの吹っ飛ぶぐらいに助けられた。父親に話して良かった。そうじゃなかったらそのままきっと鬱々した気持ちで過ごしてたと思うから。

 

言われたのは

 

さやか(私の名前)が頑張ってないと世間の人が思っても自分は十分分かってる

情けないとか心配かけてる、迷惑かけてると思うかもしれないけど親はそういうもんで、いつまでも自分の子供のことが気になるから子供の頃も今もそんなに変わらない、40になっても50になっても自分が生きている限りずっと気にかけて一番に考える。それは妹に対しても同じで、頑張れる日もあれば頑張れない日もあって当然で、自分が今できること、やりたいことを自分ができる範囲でやればいい、誰も見てなくても親である自分や母親はそれを知ってるから

 

と言われた。

10代の頃に反抗期はなかったけど、病気をしてからは反抗的な気持ちになることも多くて大喧嘩も何回もしてきたし、私は別に生まれたいなんて思ってなかったけど親が勝手に子供が欲しいと思って私を産んだだけで私はそんなこと望んでなかったのに、とか思うことも少なくなかった。

今思うととんでもない八つ当たりだな

 

さっき父親に話をして、息苦しさが消えて良かった。

ほんの少しだけ話を聞いてくれるだけでこんなに心は軽くなるのは、やっぱり親だからなのかもしれない。今まで散々色んなこと言ってきたけど、私はお父さん、お母さんの子供として生まれてきてここで生活できてることは本当に幸せだと思ってる、と今言える最大限のお礼の言葉しか言えなかったけど、父親はそれに対して「それだけしかできなくてごめんな」と私に謝った。

謝ることなんて何一つないのにね、そこらへんは私は誰かの親になったことがないから分からないけど、そう言ってくれることが今は何よりありがたかった。

 

充分なのに「親」としては足りないと思うんだろうなぁ、とぼんやりと思った。あんまり心配かけたくはないけどきっと両親からしたら私がもし綺麗さっぱり病気が完治したとしても今度は別の心配事が生まれてきたりでキリがないのかもしれない。

 

今日は息苦しくてしんどかった。でもそんな状態から抜け出すきっかけをくれたのは父親です。お父さん、ありがとう。

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お母さんとお父さんの後姿。

私はこの家の子供として生まれてこれて良かった。理解のある両親で良かった。

音楽や写真が好きな私に対して何も否定しない。

わけわからん音楽を聞いて、コスプレしたりちょっと変わった趣味な私のことを全く否定しない。何かを作れば、特に父親はいつもすごく褒めてくれる。頑張ったな、かっこええぞ、といつもそう言ってくれる。

その言葉に今まで何回も救われてきたことを、改めて思い出した。

 

こういうことは素直に言葉にするべきなんだと思うから、もう少し副作用が治まったら両親に手紙を書こうかな。あと妹にも。

とりあえず、母親は今日も東方神起のライヴを楽しんできてくれますように。

 

泣いたらすっきりした。