浮いて沈んで彷徨って

躁鬱病になって11年目なので過去を振り返ってなんとか今をやり過ごそうとしているところ。

記憶が無くなる、覚えていないこと

ふとツイッターのRTで流れてきた、どこかのサッカーが好きな学生の子が記憶がなくなってしまって困ってる、思い出したいという内容を見て、私も記憶が飛んでる時期が少なくとも半年はあるので何となく書いておこうと思った。

 

私の場合は本当の意味での「健忘」ではない。

自分の名前や家族の名前、年齢、誕生日、好きなもの、住んでる場所とか日常生活を送る上で必須なことは忘れたことはないけれど、交友関係が少し曖昧な時期がある。

そしてその交友関係は当時の私にとっては家族以外で1番親しい人達とのことだった。今はもう疎遠になってしまったけど、当時は親友だと思っていた人達とのこと。

 

その当時の友人達と何があったのかは覚えていない、けど楽しかったなぁと断片的に、それこそ写真のような静止画状態では思い出せることはあるけど、それが本当にあったことなのかそれとも私が「楽しかった」と思っている記憶が色々積み重なって印象として私の記憶の中にあるのかどうかは分からない。ただ夏の夜の海がやたらと印象深い。あとイルミネーション。

でも冬のイルミネーションではなくてあくまでも夏。そこは断言できるけど季節は夏で、夜で、あと海辺。年齢でいうと22歳かな、と逆算して客観的に認識することで自分の記憶になりつつある。

 

夏の夜の海がとても印象深いけれど場所がどこなのか、そして本当にそこで何か楽しいことがあったのかどうかは分からない。最初からそんなことはなかったのかもしれない。

残っている写真で、半袖で花火をしてるものやお酒飲んで楽しそうにしてるものが数枚あって、その場所は確かに夜の海辺に近い場所だと思うので、多分一回はそんな出来事があったのは間違いないはず。

ただ当時はガラケーで画像サイズも小さくて荒いのでその写真から得られる情報は少ない。

画像フォルダや実際に印刷して形に残っているものを探してみても他に画像ファイルはないので、まだ一眼レフを持っていない頃なんだと思う。

これも後になって検証した結果なので本当なのかどうか分からないけれど、夏場の海辺の記憶が、画像データとして残っているけれど私自身の体験としては一切覚えがない。

そのことに気付いたのは多分記憶が抜け落ちている頃から割とすぐの頃で、まだその友人達と仲良くしていた頃だった。夏場の記憶だとしたら、その夏の出来事を覚えていないことに気付いたのは比較的早いほうなのか、それとも遅いのか。そしてその夏頃から冬場までの記憶もない。

ただそのことを当時の友人達に言えることは最後までなかった。

 

何故聞かなかったのかといわれると、聞くのが怖かった。全く身に覚えのないことで、画像データを見て刷り込みのように自分の中で出来上がったフィクションの物語なのか、本当なのかがまったく分からない。今でも分からないし、時間が経てば経つほどに余計に分からなくなるし、その友人達とは今はもう疎遠で連絡先も知らなければ今後会うこともないほどに縁を切ってしまったので、思い出せなくても支障はない。

ただ時々、ふとした瞬間にものすごく曖昧で抽象的な当時のことを思い出しそうになる。でもそれはさっきも書いたように、夏場の海辺、イルミネーション、あと一緒に写真に写っている当時の友人ひとりのことこみ。

 

明らかにそれは誰か他人が撮ったものなのでその場には少なくとも私と、写真に写っている友人以外にもうひとりいたんだと思う。そしてなんとなくそのもうひとりに思い当たる節はある。

当時仲良くしていた友達で夜に会うことがあったとしたらきっとあの子だな、と予想はつくけど多分その花火をした1回だけじゃない。それはなんとなくわかる。上手く言葉にできないけどイルミネーションのようなものは花火とは別の場所だと明確に思える。ただそのイルミネーションがどんなものなのかは全くもって思い出せない。

私自身がイルミネーションと例えているだけで、暗い中に綺麗な光がある景色なのかもしれない。それが綺麗だと思ったからなのかもしれない。

 

逆算して考えるとその年齢の頃は私が1番躁鬱の症状もひどくて自殺未遂をしたりアルコール中毒になりかけたり自傷行為が止まらなかった頃だと思う。

主治医にその話をしたら「しんどい時のことなんて忘れたくて当然、覚えていなくて今の生活に支障があるのなら問題だけど日常生活を送る上で覚えていなくても問題ないのならばそれはそこまで重要なことことではなかったのでは」と言われた。

その主治医の言葉にも納得できる。確かにこの夏場の海辺の記憶以外にも、冬までの期間である秋の頃に関しては全く何も思い出せない。冬場のこともあまり分からない。

今生きているからその頃も確かに生きていたことは間違いない。

でも「何もなかったから特に思い出がない」という感覚にはならない。何かあった、ということが強く印象に残っている。

ただ、その「何があったのか」が全くもって思い出せない。記憶にない。でも何か大きなことがあったということだけは、割と明確に記憶として残っている。

 

こんな風に中身が思い出せないことが多い。

他にも何かあった、この時何かあったから結果こうなったんだろうけどそのきっかけや原因は当時から全く思い出せないまま、どんどん記憶は薄れていく。

確かに主治医の言う通り、覚えていなくとも生活に問題があるわけではないけど夢を見る。曖昧で断片的にしか覚えていないことを夢で色んなパターンを見る。未だによくその頃の夢を見るから潜在的には本当は記憶しているのかもしれないけれど、思い出したくないのかもしれないな、という結論に至った。

 

覚えていないことに気付いたきっかけは、その友人達との会話でその頃の話になったから。

友人達は当然のように話をしていて私もその場にいたと言っていたけど私には全く身に覚えのない話で、その時初めて聞いた話だと感じたけど咄嗟にその時に「そうだったかなぁーあんまり覚えてないや」ぐらいに軽く受け流してしまったのでその時はそれ以上その話をすることはなかったけれど、内心自分でものすごく驚いたし適当にはぐらかしてしまった。全く記憶にないことを悟られたくなかったんだろうな。

 

今思うとそんな当時の私の態度は、友人達から見ると不自然だったのかもしれない。覚えていないから話が合わないこともあったのかもしれない。そんな相手に不信感を持つのは仕方ないし、付き合ってられないなと思われても仕方ないなと今では思う。

だから疎遠になってしまったことについて私は、後悔はない。ただ曖昧な記憶しかないのにどれも楽しかったことで、悪いことではないと確信があるから、ありがとうと感謝の気持ちのほうが大きい。

 

もしかするとその楽しいという感覚すら後付けで付け足したものなのかもしれないけど。

少なくとも今でも私はその覚えていない、記憶が明白でない期間のうち断片的に思い出せることはどれも悪い印象は一切無い。

都合よくいいことだけを覚えているのかもしれないけれど、でも悪いことは今更思い出しても変えられるわけではないからあまり気にはしていない。

 

ただひとつだけ思い出せなくて嫌だなと思うのは、当時の友人達にとても迷惑をかけていたかもしれないのにそのことを私は素直にごめんなさいとかありがとうとか言えていたのかどうかすら分からない。

それが1番の気掛かりで、できれば思い出したいなとふとした時に思う。

感謝の気持ちはあってもそれをちゃんも伝えられていただろうか。きっと伝えられていない。

 

もし当時の友人達に会うことがあったとしても、このことは話さない。話すと長くなるし、そもそも何年も前のことすぎて友人達ももう忘れてしまっているかもしれないから。

ただ、仲良くしてくれてありがとう、とだけは伝えられるといいなと思う。

 

今でも当時のことを夢に見て目が覚めた時に嫌な気は一切しない。むしろ今もまだ仲良くしているような錯覚に陥るほど。

 

これは私が諦めた交友関係の中でも1番大きな関係だった。

中学生の頃からの同級生の友達だったから、だから私は今、学生時代からの友達が誰1人としていない。

でもなぜかそれを寂しいと思わないのは、やっぱり悲しいとか寂しいとかよりも迷惑をかけたこと(具体的に思い出せることもあるので)があるからだと思う。

もし私が友人達の立場ならしんどくて付き合いきれないと思っていただろうから。

だから友人達は私と疎遠になるほうが良かったんだと思うし、私も疎遠になってからのほうが不思議と安定してどんどん穏やかになれた。多分、双方にとってそのほうが良かったんだろうな。

しっかり覚えていることで楽しかった記憶のほうが多いし、私はその思い出だけでも充分すぎるほどに感謝をしている。

 

もし会うことがあれば、あの頃は仲良くしてくれてありがとう、とちゃんと言葉にして伝えたい。

会うことがあれば。

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その頃の友人を撮った写真。

この時もモデルやアシスタントをしてくれてありがとう。