浮いて沈んで彷徨って

躁鬱病になって11年目なので過去を振り返ってなんとか今をやり過ごそうとしているところ。

よなかのひとりごと

自分で見直す記録として書いておきたいという気持ちが大きいので公開しなくてもいいのでは、と少し思ってきた

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いつ寝たのかも思い出せず気が付いたら夜中でびっくりした。でも久々に何も考えずに寝てた気がするな。寝る前に起きた時は具合良くなってますようにとか考えることもなかったような気がする。ほんといつ寝たのか分からないけど具合悪くなりそうな時とか「とにかく寝る」はやっぱり最善の方法なのかもしれない。

 

ツイッターは便利で手軽だけど嫌な面も多々ある。見たくもないものも流れてくるし(フォローの選別が悪いのだけど付き合いというのもあるのでなかなか難しい)文字数の制限の問題で言葉選びがものすごい攻撃的になっているものとか、誤解を生みそうな言葉を使ってたりするのを見かけると、こうして文字数のことを気にせずに書ける場所っていうのはとてもありがたく感じる。

長らくツイッターのあの140文字の制限が快適だったせいで、ここを始めてから長文を書くのに自分の文章力がものすごく低下してることも理解した。簡潔に書くという点においては良いのかもしれないけど、真面目に話をするにはやはり向いていない。想定外に自分の言葉が広まってしまうこともあるし、それが意図していない方向で広まってしまうとちょっと困るし。

ブログになるとこの中の発言を引用していたとしても全体を通して見てもらえればその発言の意図も汲み取れるから、この絶妙に調子が微妙な今は長文を書ける場の方が適しているんだろうな。「しんどい」についても何故しんどいのか、それに対して何か対処しようとしているか、そのしんどさはどういったものなのか、とちゃんと書ける。文字数の制限があるとただ「しんどい」としか書くことがなくて伝わらずに誤解されるのも仕方ない。

ちなみに今は特にそこまでしんどいと感じてないけど、いつ寝たのか記憶がない状態なことに焦ってるし驚いている。気分的には寝ていたというよりは「意識が無かった」に近い。無意識のうちに何かしていないかと心配になって色んなことを確認しているうちに眠気が去ってしまった。現時点でも、夢だったのかそれとも現実なのか区別がつかないことがいくつかあるから不安。素直に言うとものすごく不安。とりあえずアイス食べたいとか思って自分で自分の気持ちをごまかしてる。アイス食べたい

 

日付が変わって9月になってしまった。私の8月は結局何日ぐらいまともに日常生活を送れたのかちゃんと考えると多分すごく落ち込んでしまうのでもうこれは考えないようにする。何故こうなったのかも考えない。

こうしてここに書くことによって自分に言い聞かせてるのも虚しいけれど今はそれが1番いいはず。月が変わったからFGOにログインしてマナプリズムと色々交換できるとかいいことだけ考えておけばいいけどゲーム起動する気分にもならないし、眠気も来ないし困った。

でも眠剤なしでここまで質のいい睡眠は久々だ。夢を見てたしそれがあまりにもリアルだったから不安に思うこともあるけど、朝が来たら解決することもあるし。ああでもどうせならあのまま眼が覚めることなく眠り続けたかった。嫌な夢ではなかったし今感じているプレッシャーもない世界だったなぁ。

思い切って早めに無理だと判断するべきなんだろうけど諦めたくない気持ちがやっぱりある。もう全てから逃げ出したい。逃げ出せる場所なんかないのになぁ。自分の行動には責任が伴うから自分でどうにかしないと、と思えば思うほどに重圧が。

 

曖昧な言い方ばかりになってるけど、今自分が1番気にしてること、うまくこなせるか心配していることがはっきり明確になったということです。そんなに気負っていたのかと自分でもちょっと悲しいけど、今の状態じゃ仕方ないかなぁ。

 

そして今日も病院だ。行きたくないけどできる限り頑張りたい。行きたくないけど。

素直に言うと今は本当に何もしたくないしできないしきっとするべきでもない。でも時間は止まってくれない。それが、しんどい。