浮いて沈んで彷徨って

躁鬱病になって11年目なので過去を振り返ってなんとか今をやり過ごそうとしているところ。

私の人生は諦めることで成立している

海岸線を歩いてるCRAZY感情STYLE

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凛として時雨の#4はリリース当時CD擦り切れるんじゃというほどに聞きました。

2005年リリースなんですね、もうそんなに経ったとは思えないけど今聞くとまだ洗練されきってない若さとか衝動とか当時聞いてた思い出が色々と蘇る。

 

そんなわけで今日のBGMは凛として時雨の#4

 

ちょうど凛として時雨に出会った頃から私は本格的に具合が悪くなって心療内科(といっても内科寄りの病院だったのでここに通ったことは間違いだった)に通うようになった頃と同じ。

あの頃に擦り切れるぐらいずっと聞き続けてきた凛として時雨が2017年にもまたリリースしてくれたのは嬉しい。変わっていないのも嬉しい。今はそれがただ嬉しくて、ひとり置いてけぼりになっているような気分がちょっとだけ楽になった。

 

凛として時雨、ありがとう

 

どうも今週は具合が悪い。

もうこの夏何回目の具合の悪さだと自分でもいい加減にしてくれ・・・とどこか冷静に思ってるけど、どうにもならないので2005年だか2006年だか覚えてないけどあの頃と同じように頓服の安定剤と睡眠薬を昼間から飲んだ。

今よりほんの少し心が落ち着かないかな、という本当に些細な願いだと思うんだけどなぁ。私はこれ以外に精神状態が比較的まともに戻ってくる方法が未だに分からない。寝ればいいと分かってるけど夢を見てもしその夢が自分が見たくない(特別見たくない過去の思い出があるのでそれが気になる)ものだったら嫌だなと思うと寝れるはずもなく。

 

そもそも躁鬱病と切り離して考えてみても私の睡眠障害はなかなかひどいのかもしれない。今特に仕事をしているわけじゃないから好きな時間に起きて寝ればいいという生活だからやり過ごしてるけど、これ毎朝決まった時間に起きないとダメという生活ができない。できて週に2~3日。

厳密に言えば起きれるけどそれは寝てないから置き続けてるという意味で、そもそも寝て起きるという「睡眠」自体が破綻してるので無意味。

もうそんな生活は8年ぐらいしてないから今からやるとなるとどうなるんだろうなぁ。

病院ではまだ早いと言われて、今は自分のペースで自分がやろうと思うなら規則正しい生活を心がければいいし、できなさそうなら寝れる時に寝るでいい、というのが今の主治医の言葉。この言葉が本当にありがたい。

 

ただそんな風に決まった時間に起きることすらできない自分が情けなくて仕方が無い。

幼稚園に通う子も毎朝決まった時間に起きてる。学生も、社会人もみんな。起きる時間帯はその人によって違うかもしれないけれど、私にとって「時間をきっちり守る」ということはものすごくハードルが高い。

それでもこの2年ぐらいは、この具合の悪さが嘘のように割とまともに約束の時間にちゃんと目的地に行けてることが多いな、と自分では思ってる。

ただそれはもう予定のある3日前からずっと備えてるからでもある。生活時間帯をそれに合わせるという意味でも、気持ちの持ち方でも。

 

なので私は「約束を守れない」ことが多い。

 

予定をこなしたいという気持ちと、なんとか頑張ろうとしてるそれがものすごい重圧になって押し潰されてしまうこともよくある。それが原因で具合が悪くなることも多い。

そんな私を遊びに誘ってくれる友人は本当にありがたい限りで、あまり気にせずに楽に出かけられる相手もいるので、交友関係は狭まるばかりだけど、そのぐらいがきっとちょうどいい。

趣味の知り合いがもっと広がれば、やりたいなと思ってること(今は主に写真が撮りたい)がもっとできるのかもしれないけど、そこでの会話もごまかして適当なことを言うことがとても多いから、まぁ、やっぱりそれも負担になる。でももうこれは諦めてるので適当にごまかして適当なこと言ってればいいや、と思っている。

 

簡単に言ってしまえば「仕事の話」になると私は途端に何も言えなくなる。

ただそれでその場で具合が悪くなることは今はもう無いので気を遣わないでくれると非常に助かる。この年齢、仕事してない人のほうが少ないし仕事の話になるのはごく自然なことなので私がいるからって遠慮しないで全然普通に話してもらって構わないし、そのことで落ち込むことは今はもうない。

昔はあったけど、今は諦めもついたし働けない自分を受け入れられてるので。

 

何も言えなくなる理由は、どこかに属して働いているわけではないから。

一応フリーランスのようなことはしているけれど、それでも月々の収入としては金銭的に自立してるなんて言えるようなものではないし、ムラもある。

副業だと思ってる人も多いので、そこを特に否定することもなく「私は割と自由に都合がつくから」と言うしかない。これを「嘘をついている」と受け取られても仕方ないけどそれ以外にその場をやり過ごす最適な言葉を私は知らない。

素直に言ったところで、そんなに親しくない人に私のこんな事情を打ち明けられたら相手も返答に困るのもわかるから、だから言わない。

理解してもらえないと悲しいし寂しいからという理由も少なからずあるけど、一番は「相手が返答に困るのが分かっている」からなのだけど、まぁこれもあまり伝わらない。

なので結局適当にごまかしている。

でもそれでうまくいく関係があればいいと今は思う。

 

この年齢になってくると、自分のことを話をする機会はとても減る。

単純に学生時代のように毎日友達と顔を合わせるみたいな機会がないから必然的に会う時は久しぶり!ってその日を楽しむようなことが多くて、そんな自分の深い話なんてしようとも思わないし。

もし相手が何かしら聞いて欲しいとかだと聞くし、そういう時に自分のことをぽろっと話をするかもしれないかな、程度。

 

年齢を重ねるたびに自分のことを話すことは本当に減るんだなぁと。

言う必要がない、言う意味がない、聞かれない、言いたい相手がいない、とか色んな理由があるけど私は「言いたくない」が一番の理由なんだと最近思い知った。

 

メンヘラ(今はこの言葉が私が想像しているような使われ方でないかもしれないので曖昧だけども)だと知ったら相手は離れていくかもしれない、面倒な奴だと思われてしまうかもしれない、それなら言わないで済むなら言わないでいることが一番物事はスムーズに進むし人間関係もうまくいくようになった。

 

そして今年の6月まではそれで本当にうまくいってたのだけど、何がきっかけか全く分からないけど6月中旬頃にものすごく具合が悪くなってしまった。

10日ほど本当に何もできない日が続いて、そこからなんとか持ち直して造形オーダーの仕事をなんとか進めて、でもやっぱり具合が悪くなっての繰り返し。

7月、8月と今のところ月に2回ほど具合が悪くなるので実質活動できてる日数はものすごく少ない。10日~13日ぐらいかな。

そして実家のそんなに広くもない3LDKの家で作業をしてるので、家族の時間との兼ね合いもあってあまり作業ができない日も多い。そうなってくると実質ちゃんと仕事できてるのって一週間ぐらいしかないのが今の現状。

 

せっかく調子よく、それなりの日常生活を送れていたのに

正直この2年半~3年ぐらいははじめて心療内科に行った時から考えると一番安定していて自分でも穏やかになったな、と実感していたし周りからもそう言われる機会も増えた。元気そうで良かった、と言ってくれる人もいたりしっかり自分のできる範囲を理解してその中でやろうとしてるからそれは確実だよ、と言ってくれる人もいた。

そして自分でも防御線を張り巡らせながらもこのスケジュールならいける、と様々なリスクを最大に計算した上でスケジュールを組んで製作に取り掛かっていたけど、6月中旬に完全にそれが崩れてしまった。

それまではリスク(体調を崩して寝込む日)を多めに計算してきたので割とうまいこといってたんですが、今回は正直、6~7年ぶりぐらいの調子の悪さ

もちろんその頃はオーダーどころか何も仕事してませんでした。今がまさにその状況に似ている。唯一の救いは私自身が成長して少しは冷静に考えられているところかな。

 

私のことを信頼して、決して安くも無いお金を支払ってくださって製作のご依頼をしてくださっている方には本当に申し訳ない限りで情けない。本当にすみません。

自分の具合の浮き沈みも激しすぎて現時点ではっきりと判断できないからまだ個別にご連絡できていないのですが、さすがに8月中か9月最初のほうにはご連絡させていただきます。すみません。

 

そんな状態で、今日は買い出しにいこうと思っていたのに家から出れてません。出れる気配もない。普段より多めに薬飲んでるのでふらつきもひどいから外出るのも危ないので今日は諦めた。

こうしてまた諦める。

 

私の人生は、諦めることで成り立っている

最初はそれが非常につらかった。特に20代前半の頃はみんなが楽しそうに遊んだり飲みに行ったりしてるのに働いていないこともあってお金もなければ体力もなくて出かけれる日は月に本当に2~3回程度でその後は確実に寝込むし、楽しそうにしてる同年代の人が羨ましくて羨ましくて妬ましくすら思った。

なんで私は病気になってしまったんだろうと何回も考えた。先天的なものなので原因はセロトニン不足とかなんかそういうやつなのでいつか発病するのは生まれた時から決まってたのかな、と思うとこんなに生きにくい人生に意味はないと数えきれないほどに思った。恥ずかしながら、何回も死のうとした。もちろん死ねてない。自殺未遂で終わっている。それでももう、不謹慎な言い方になるけどあの時は本当になんとか死ねないかと祈るように願っていたのも覚えている。

 

思い返すとあの頃の私、よく頑張ってたな。

 

死のうとしても死ねなくて、3度目の正直だと思った時も失敗したからもう死のうとするのはやめた。今はあの時死んでなくてよかったと半分ぐらいは思える。

素敵な友達に出会えたこと、カメラを持って写真を撮ることが何より楽しいからあの時死んでたら今みたいに写真が楽しいこともなかった。the god and death starsの音楽にも出会えてなかった。Janne Da Arcのyasuが好きでどうしても許せなかったのにAcid Black Cherryを素直にカッコいいと思えるようにもなった。無駄なことなんてない。生きててよかった、と思うけど、やっぱりしんどいし虚しいね。

 

人間関係、やりたいこと、撮りたいと思ってても断らざるを得ない状況、作りたいものがあるのに手が動かせない、考えることができない、やりたいことだけはあるのに今はそれを全て諦めている。つらいというよりは、ただただ虚しい。

 

さっきやっと布団から這い出してこれた。それで無性に当時縋るように聞いてた時雨の#4の曲が聞きたくなって、オーディオ機器変わりにもなってるパソコンをつけたという状態。

それなら昨日開設したここのブログも書こうかなと思いまして。

画像入れるとどうなるのか気になってたのもある。

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これも懐かしい写真。夜中にオールぐらいで夏にポトレもどきを撮りに行ったとき。

こういうカメラ持って夜中にふらっとしたいので、付き合ってくれる人いないかなー

終電一本前で帰るとかでいいので。

 

長くなってきたのと、今の気分はとりあえず書いて少しすっきりしたので今回はここまで。

次はできれば私がいつ頃躁鬱病だと診断されたか、そして今までどうやって過ごしてきたか、思い出せる範囲で書いていこうと思う。

もしかしたら今苦しんでる人がここを読むことがあったら、しんどいよね、十分頑張ってるから無理しないでね、ということを何より言いたい。